就労定着支援の「サービス管理者」と「実施主体」をやさしく解説
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就労定着支援は、障がいのある方が一般企業で働き続けることを支援する障害福祉サービスです。この記事は、厚生労働省の定める運営基準(基準第206条の6および第206条の7)をわかりやすく解説します。特に基準第206条の7「実施主体」について、制度の趣旨(なぜこの基準があるのか)、具体的な要件(満たすべき条件)、現場でのポイント(運営上の注意点)を重点的に説明します。
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就労定着支援とは?サービス管理責任者の役割(第206条の6)
まず、就労定着支援サービスの概要と、サービス管理責任者の責務について簡潔に説明します。就労定着支援は2018年(平成30年)に創設された比較的新しい障害福祉サービスで、一般就労(通常の企業での就職)した障がい者が職場に定着できるよう、最大3年間にわたり生活面・就労面の支援を行うものです。就労移行支援等で一般就労に結びついた方が対象であり、仕事面だけでなく生活面も含めた包括的なフォローをする点が特徴です。
サービス管理責任者の責務(基準第206条の6)について、厚生労働省の解釈通知では以下のように定められています。
- 個別支援計画の作成と情報収集: サービス管理責任者は、利用者一人ひとりの就労定着支援計画を作成するとともに、支援を効果的に行うために、利用申込時にその人が利用している他の障害福祉サービスや医療・相談機関のサービス状況を把握します。例えば、就労移行支援や自立訓練など他サービスの利用状況や、就職先企業での配慮事項を事前に確認します。こうした情報収集により、利用者の現在の心身の状態や生活環境を十分踏まえた支援が可能になります。
- 継続的な自立生活支援の調整: サービス管理責任者は、利用者が地域で自立した日常・社会生活を続けられるように、関係機関と連携して必要な支援を行います。就労定着支援では特に、「働き続けること」を軸に生活面の課題もサポートするため、就職先の企業(事業主)や就労移行支援事業所等との連絡調整が重要です。例えば定期的に職場訪問やケース会議を開き、職場での困りごとや生活リズムの変化を早期にキャッチして支援計画に反映させます。必要に応じて医療機関や家族とも連絡を取り、地域ぐるみで利用者を支えるネットワーク作りを進めます。
- スタッフへの技術指導と助言: 就労定着支援を提供する他の従業者に対して、サービス管理責任者は専門的な立場から技術的な指導や助言を行います。例えば支援員へのケース指導や、支援方法についての研修・ミーティングを行い、チーム全体の支援スキル向上を図ります。これにより支援の質を統一し、利用者への支援が途切れず効果的に行われるようにします。
以上が第206条の6で規定された主な責務です。さらにサービス管理責任者は、業務を行う上で利用者の自己決定を尊重し、本人が自分の意思で物事を決めることが難しい場合には適切に意思決定の支援を行う努力義務も課されています。要するに、就労定着支援のサービス管理責任者は「利用者主体の支援」の調整役です。就労継続支援や就労移行支援など他の就労系サービスにおけるサービス管理責任者と基本的な役割は共通していますが、就労定着支援ならではのポイントとして「就職後の支援」である点が挙げられます。職場定着に向けて企業との連携や長期にわたるフォローアップが求められるため、サービス管理責任者は計画作成時からこれらを見据えた支援体制を整えておくことが重要です。
実施主体の要件とは何か?(基準第206条の7)
次に、就労定着支援事業者の実施主体に関する基準第206条の7について詳しく解説します。ここがこの記事のメインテーマです。実施主体とは「そのサービスを実施できる主体(事業者)の条件」のことです。制度の趣旨としては、就労定着支援は一定の実績と能力を持つ事業者だけが実施できるようにする狙いがあります。就労定着支援は就職した方の支援ですので、全く実績のない新規事業者がいきなり参入すると、十分な支援ができなかったり利用者が集まらなかったりする恐れがあります。そのため、厚生労働省は「就労支援の実績がある事業者」に限定して就労定着支援の指定を与えるルールとしました。具体的な要件は以下の通りです。
実施主体として認められる事業者と要件(基準第206条の7)
(*)就労移行支援、就労継続支援A型・B型、生活介護、自立訓練(機能訓練・生活訓練)など「就労移行支援等」と総称されるサービス事業者が該当します。
ご覧のように、就労定着支援の実施主体となるには「3年間で3人以上を一般就労に導いた実績」が鍵になります。言い換えれば平均して毎年1人以上は就職者を出していることが条件です。この実績要件は事業所(事業者の各拠点)ごとに求められます。例えば、ある法人が複数の就労移行支援事業所を運営している場合、就労定着支援の指定も事業所単位で行われるため、それぞれの事業所ごとに実績を満たす必要があります。逆に言えば、一つの事業所で要件を満たせば、その事業所単位で就労定着支援事業の指定を受けることができます。
では、事業運営が始まって間もない場合はどうなるでしょうか? 実は、「過去3年以内」という期間に満たなくても要件を満たすケースがあります。それは、開設から3年未満の事業所であっても、その間に既に3人以上の就職者を出していれば実施主体の要件クリアとみなされるということです。たとえば開設2年でも、その間に3名の利用者が就職していればOKです。重要なのは「実績の有無と数」であって、必ずしも3年間フルに運営していること自体が条件ではないわけです。この柔軟な取扱いにより、意欲的な新規事業所でも結果を出せば早期に参入可能となっています。
一方で、「指定を受けた後は毎年この3名要件を満たし続けなければいけないのか?」という疑問もよくあります。これについて厚労省の通知では、就労定着支援の指定後、要件を毎年満たし続ける必要はないと明記されています。一度指定を受ければ、その事業所は次回の更新時(指定更新審査のタイミング)まで有効です。更新時に改めて直近の実績が確認され、引き続き要件を満たしていれば指定継続となります。つまり、極端に言えば指定後にしばらく新たな就職者が出なくても直ちに指定取り消しにはなりません。しかし更新審査ではチェックされるため、継続的に就職支援の成果を出し続ける努力は求められます。
現場での留意点(運営上の注意)
就労定着支援の実施主体要件を踏まえ、現場で注意すべきポイントも整理しておきます。まず、指定を目指す事業者は自社の就職実績の把握と記録を徹底しましょう。何人就職者を出したかは指定申請の審査で証明が必要になるため、企業からの雇用証明や就職後の定着状況をきちんと追跡しておくことが大切です。また、利用者が就職した後も定着支援がスムーズに始められるよう、就労移行支援等の段階から利用者情報をサービス管理責任者間で共有したり、企業側と面談を設定するなどの引き継ぎ準備が欠かせません。利用者が安心して就労定着支援に移行できるように、「就職→定着支援」への橋渡しを計画的に行いましょう。その際、就労定着支援の利用開始時期や支援内容について、利用者本人にも事前にわかりやすく説明・同意を得ておくと良いでしょう。現場レベルでは、ケース会議等で他機関と連携する体制づくりや、個人情報の適切な共有手続き(本人同意の取得など)にも留意が必要です。これらは質の高い支援を行う上で重要なだけでなく、結果的に就労定着率の向上にもつながり、次回更新時の指定要件クリアにも貢献します。
最後に、障害者就業・生活支援センターについて補足します。令和6年度(2024年)の基準改定で、このセンターも就労定着支援の実施主体に追加されました。これは、公的な就労支援機関である障害者就業・生活支援センターが直接就労定着支援事業所として指定を受けられるようになったことを意味します。センターは各地域で就労支援ネットワークのハブ的存在ですので、実績要件なしでも質の高い定着支援が期待できるという判断でしょう。ただし、多くの民間事業者にとってはまず障害福祉サービス事業者として実績を積むことが現実的なルートになります。この点も踏まえ、次の章で事業者・起業希望者向けのチェックポイントを整理します。
事業者・起業希望者が押さえるべきポイント
- 実施主体の要件確認: 自社事業所の就職実績を把握しましょう。過去3年以内に3名以上の一般就労者を送り出しているかがポイントです。要件を満たさない場合、まずは就労移行支援等で実績づくりに注力する必要があります。
- サービス管理責任者の配置: 就労定着支援には有資格のサービス管理責任者が欠かせません。他の就労系サービスと同様に配置基準がありますので、人員計画を立てておきましょう。サービス管理責任者には計画作成や支援調整の重要な役割があるため、経験豊富な人材を確保・育成することが事業成功の鍵です。
- 関連サービスとの連携体制: 就労定着支援は単独では成り立ちにくいサービスです。就労移行支援や就労継続支援など、利用者の就職前に関わるサービスとの連携体制を整えましょう。企業やハローワーク、地域障害者職業センター等ともネットワークを構築し、支援情報を共有できる仕組みを作ることが大切です(ケース会議の定期開催、連絡調整役の明確化など)。
- 利用者支援の長期計画: 利用者一人ひとりについて、最大3年間の支援見通しを持って支援計画を立てましょう。就労定着支援は長期に及ぶ場合があるため、モニタリングの頻度や節目(6か月ごと等)の目標設定を行い、支援の質を維持します。支援開始前から利用者・企業とゴールイメージを共有し、途中で支援が形骸化しないようフォローアップ体制を工夫してください。
- 指定更新への備え: 一度指定を受けてもゴールではありません。指定更新時に実施主体要件を再確認されるため、継続して就職者・定着者を生み出す努力が必要です。日頃から支援の質を高め、高い就労定着率を維持できれば、事業所の評価アップにもつながります。仮に利用者の就職ペースが落ちても、企業開拓や支援手法の見直しを行いながら改善を図りましょう。
