児童発達支援における身体拘束禁止のルール解説
記事の概要:
児童発達支援事業において、利用者への身体拘束は原則として禁止されています。本記事では、令和6年の基準改正で明確化された「身体拘束等の禁止(基準第44条)」について解説します。子どもの安全確保のために例外的に身体拘束が許される緊急時の条件(切迫性・非代替性・一時性の3要件)とは何か、そして身体拘束適正化委員会の設置や運営方法・目的について、やさしくシンプルに説明します。
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身体拘束は原則禁止、その理由とは?
児童発達支援の現場では、子どもの行動を無理やり制限する行為(身体拘束)は基本的にしてはいけないことになっています(児童発達支援の運営基準第44条) 。身体拘束とは、例えば職員が子どもの体を押さえつけて動けなくしたり、子どもを自分で開けられない個室に閉じ込めたりするような行為です。障害のある子どもの尊厳と人権を守り、適切な発達支援を提供するために、身体拘束の使用は禁止されています。
ただし、命や安全を守るためにどうしてもやむを得ない緊急の場合は例外として認められます。これは、子ども本人や周囲の子どもたちの生命や身体が今まさに危険にさらされている状況で、他に方法がなく、しかも一時的な措置である場合です。例えば、子どもが自傷他害の衝動に駆られて今にも大怪我をしそうな場面など、「このままでは本当に危ない!」という緊急事態に限られます。
緊急やむを得ない場合の3つの要件
では、どのような場合に「緊急でやむを得ない」と判断できるのでしょうか?基準では次の3つの要件を全て満たす場合だけに限るとしています。これらは身体拘束の例外を認めるための三原則とも言われます。
上記のように、「本当に今すぐ止めないと大変なことになる」(切迫性)かつ「他に手立てがない」(非代替性)かつ「一時的な応急対応にとどめる」(一時性)――この3条件をすべて満たした場合のみ、例外的に身体拘束が許容されます。裏を返せば、ひとつでも条件を満たさない場合は身体拘束は認められないということです。現場では慌てずに、まず他の支援方法で安全を確保できないか冷静に検討することが求められます。
身体拘束を行った場合の記録義務
万が一、上記の条件をすべて満たす緊急やむを得ない状況で身体拘束等を実施した場合でも、そのままにしてはいけません。事業者(設置者・管理者)は、その際に以下の事項をしっかり記録する義務があります。
- 身体拘束の態様と時間: どんな方法で身体拘束を行ったのか、そしてどれくらいの時間行ったか。例えば「○○という器具で体幹を固定した」「職員が何分間抑えた」など具体的に記録します。
- 身体拘束中の子どもの心身の状態: 身体拘束をしていた間、子どもがどんな様子だったか、心身の状態を観察して記録します。興奮状態だったのか、落ち着いたのか、ケガの有無なども含めます。
- 緊急やむを得ない理由: なぜそれが必要だったのか、緊急でやむを得なかった理由を詳しく記します。上で述べた3要件(切迫性・非代替性・一時性)を満たしていたことを説明し、その確認を組織(事業所全体)として行った旨も残します。
これらの必要事項の記録を怠ると、運営基準違反と見なされる可能性があります。つまり、記録をきちんと残さないこと自体がルール違反になるので注意しましょう。
記録した内容は後述の「身体拘束適正化委員会」で共有・検討される材料にもなります。現場の職員としては手間に感じるかもしれませんが、組織ぐるみで再発防止に取り組むために欠かせないステップです。
身体拘束適正化委員会とは何か?
身体拘束適正化委員会とは、簡単に言えば「身体拘束をなくすために対策を話し合う委員会」です。児童発達支援事業所ごと、または事業を運営する法人単位で設置できます。小規模な事業所の場合は法人全体で1つ委員会を作れば十分でしょうし、逆に大規模法人なら事業所単位で設置しても構いません。重要なのは、必ず年に1回以上は開催することです。
この委員会は、事業所で働く様々な職種のスタッフで構成します。管理者や児童発達支援管理責任者はもちろん、現場の指導員、看護師や機能訓練担当職員など幅広いスタッフに参加してもらいましょう。それぞれの役割と責任分担も明確に決めておきます。また、委員の中には「身体拘束対策の担当者」を専任で決めておくことが望ましいです。この人が中心となって議論をリードし、対策をまとめていきます。
さらに可能であれば、外部の第三者や専門家の知見も活用すると良いでしょう。例えば、児童精神科の医師や看護師、臨床心理士などをオブザーバー的に委員会に招いたり、意見を聞いたりする方法が考えられます。外部の視点が入ることで、より客観的で専門的な検討が期待できます。
虐待防止委員会との統合運営も可能
多くの児童発達支援事業所では、虐待防止委員会をすでに設置しているでしょう。身体拘束の問題と虐待防止は密接に関連するテーマです。そこで、身体拘束適正化委員会は虐待防止委員会と一体的に運営することも可能とされています。メンバーが重なる場合は、会議を一本化して「虐待防止・身体拘束対策委員会」といった形で開催しても差し支えありません。ただし、その場合でも身体拘束に関する議題が埋もれてしまわないよう、しっかり時間をとって検討するようにしましょう。
委員会の目的と具体的な取り組み
身体拘束適正化委員会の目的は、事業所全体で情報と問題意識を共有し、再発防止策や身体拘束に頼らない支援方法を検討・実践することにあります。決して「身体拘束を行ってしまった職員を懲罰すること」が目的ではありません。あくまで前向きにサービスの質を向上させる取り組みです。この点を勘違いすると、現場スタッフが委員会に萎縮して本当の課題が見えなくなってしまうので注意が必要です。
委員会では具体的にどんなことをするのでしょうか。主な取り組みを順を追って紹介します。
- 事例の収集と状況確認: 委員会ではまず、期間中に発生した身体拘束の事例を全て報告・集計します。記録された内容を基に「いつ・どこで・なぜ・どのような身体拘束が行われたか」を洗い出します。もし「うちの事業所では一度も身体拘束なんて起きていないよ」という場合でも、油断は禁物です。未然防止の観点から、日々の支援の様子を振り返り、「リスクの芽」がないか確認します。例えばヒヤリハットの共有や、危険になりそうな場面の検討なども大切です。
- 事例の分析と再発防止策の検討: 次に、報告された各事例について発生時の状況や原因、結果を専門的に分析します。なぜそのような危険な状態になったのか、他に手段は本当になかったのか、身体拘束以外に取り得た対応策はなかったか検討します。そして、その身体拘束は基準の3要件を満たして適正だったと言えるのか、今後廃止(ゼロ)に向けてどんな改善策が考えられるか話し合います。例えば環境整備や職員体制の見直し、代替となるケア技術の導入、職員研修の強化など、様々な角度からアイデアを出します。
- 改善策の実施と効果検証: 検討した対策は絵に描いた餅では意味がありません。実際に現場で実施して初めて効果を発揮します。委員会で決定した再発防止策・代替支援策は、責任者を決めて現場で実行に移します。その後、一定期間経過後に効果を検証することも忘れずに行います。「あの対策を講じてから、本当に危険な場面でも身体拘束せずに対応できるようになったか?」「新たな問題は出ていないか?」――こうした振り返りを行い、効果が不十分なら再度対策を練り直します。このようにしてPDCAサイクルを回しながら、身体拘束ゼロを目指していくのが委員会の役割です。
以上の委員会での取り組み状況や議事録は、適切に記録し、5年間保存することが義務付けられています。これは後で振り返ったり、行政監査が入った際の説明資料とするためです。日付や参加者、議題、検討内容、決定事項、今後の予定などを漏れなく書き残し、ファイル等で管理しましょう。
事業者・起業希望者が押さえるべきポイント
- 身体拘束は原則禁止であることを徹底しましょう。子どもの命や安全が危機的状況にある場合のみ例外が認められますが、その際も「切迫性・非代替性・一時性」の3要件すべてを満たす必要があります。安易に拘束に頼らず、まず他の安全確保策を検討する姿勢が大切です。
- 緊急やむを得ない理由で身体拘束を行ったら、必ず詳細を記録してください。拘束の方法・時間、当時の子どもの状態、そして緊急だった理由(3要件を満たしたこと)を組織として確認し記録に残すことが法令で義務付けられています。記録漏れは運営基準違反にもなり得るため注意しましょう。
- 「身体拘束適正化委員会」を設置して定期開催することが求められます。事業所内の様々なスタッフや外部専門家を交え、少なくとも年1回は会議を開きましょう(小規模なら法人全体で1つでも可)。委員会では拘束事例の共有・分析を行い、再発防止策や拘束しない支援方法を検討します。虐待防止委員会と合同で行うことも可能です。重要なのは、委員会の目的がサービス改善と再発防止であり、スタッフの責めを追及する場ではないという点です。安心して話し合える場を作り、組織全体で身体拘束ゼロに向けて取り組みましょう。
【免責事項】
