「身体拘束等の禁止」を解説【後編】基準第35条の2の③・④をわかりやすく
記事の概要:
厚生労働省の通知文書「(26)身体拘束等の禁止」では、障害福祉サービス事業所が利用者に対して不適切な身体拘束をしないよう、具体的な取り組みを求めています。これは利用者の人権と尊厳を守り、虐待を防止するための重要な指針です。
この通知では大きく4つのポイントが示されており、「やむを得ず身体拘束を行った場合の記録」「身体拘束の適正化を検討する委員会の定期開催」「身体拘束等の適正化のための指針の整備」「従業者への定期研修の実施」が事業者の義務となりました。令和4年(2022年)4月から障害福祉サービス事業者はこれらの取り組みを実施することが義務化されています。本記事では、特に通知文書の後半で示された「③指針の整備」と「④職員研修の実施」について、やさしくシンプルに解説します。
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身体拘束適正化のための指針を整備しよう(通知③)
「身体拘束等の適正化のための指針」とは、簡単に言えば「事業所内ルールブック」のことです。利用者への身体拘束を無くすために、事業所としての考え方や対応方法をまとめたものになります。これは紙でもデータでも構いませんが、全ての事業所で作成し備えておく必要があります。たとえ今まで身体拘束の事例が一度もなくても、指針を作って体制を整えておかないと減算(報酬カット)の対象になる点に注意しましょう。特に施設系サービスでは最大で基本報酬の10%と大きな減算につながる可能性があり、居宅介護など在宅サービスであっても(減算率は異なりますが)減算自体を免れることはできません。
では、指針には具体的に何を書けば良いのでしょうか?厚労省の通知では、指針に盛り込むべき基本項目として次のような内容が挙げられています :
- 基本的な考え方:事業所として身体拘束をどう捉えるか(「原則禁止」「人権尊重」といった基本方針)。
- 組織体制:身体拘束の適正化を検討する委員会など社内の仕組みや担当者に関すること。
- 職員研修の方針:身体拘束や虐待防止に関する職員研修をどう計画・実施していくか。
- 報告の方法:万が一事業所内で身体拘束が発生した場合の報告手順や、外部機関への連絡方法。
- 発生時の対応:身体拘束が起きてしまった時にどう対処し、再発防止策を講じるか。
- 指針の周知方法:利用者や家族が希望すれば指針を閲覧できるようにする等、指針の存在を周知する方法。
- その他必要事項:その他、身体拘束の適正化(廃止)を進めるために必要な事項。
以上のように、指針には事業所の姿勢と具体的な対応策を網羅的に記載します。難しく感じるかもしれませんが、一つひとつは特別なことではありません。要は「うちは身体拘束をしません。やむを得ず行う場合も記録・報告し、委員会で検討します。職員にも研修で周知徹底します」という内容を文章にしておけば良いのです。指針を作成したら、必ず内容を職員みんなに共有しましょう。せっかくルールを定めても周知しなければ意味がありません。また、指針の存在は利用者や家族にも伝えておき、求めがあれば見てもらえるようにすると透明性のある運営につながります。
中には小規模で職員が数人しかいない事業所もあるでしょう。そのような場合でも指針整備は必須です。難しければ、行政の提供するひな形や他事業所の事例を参考にすると良いでしょう。作った指針は定期的に見直し、必要に応じて更新することも大切です。チェックリストを使って指針に沿った運用ができているか自己点検することや、委員会の検討結果を全職員に周知徹底する工夫も求められています。指針は作って終わりではなく、実際のサービス提供で活きるよう運用していきましょう。
従業者への定期研修を実施しよう(通知④)
「虐待防止のための研修(身体拘束等の適正化に関する研修)」を定期的に行うことも義務付けられています。これは職員向けの勉強会や研修会のことで、年に1回以上実施する必要があります 。新しく職員を採用した時には、入職時研修として虐待防止に関する教育を行うことが義務付けられています。研修の形式は問いません。事業所内で管理者が講師となって説明する内部研修でも、外部のセミナーやオンライン研修を受講する形でも構いません。大切なのは全ての職員が研修を受け、人権擁護や虐待防止の意識を共有することです。管理者やサービス提供責任者など役職者も含め、皆が最新の知識と対策を学ぶ機会にしましょう。研修を実施したら、研修記録(実施日時、参加者、研修内容の概要)を残すことも忘れずに。運営指導などで確認を求められることがあります。
研修の内容としては、例えば以下のようなテーマが考えられます:
- 虐待防止・人権擁護に関する研修:障害者虐待防止法の概要、虐待の種別(身体的虐待としての身体拘束など)とその判断基準、利用者の権利擁護について学ぶ。
- 身体拘束をしないケアと代替手段:身体拘束に頼らない支援方法の工夫やケア技術を習得する。例えば暴力行為や徘徊などへの対応策、職員同士の連携方法をケーススタディで学ぶ。
- 職員のメンタルヘルス研修:職員自身のストレスケアや職場環境の改善について学び、虐待や拘束に至らない職場づくりを目指す。
- 障害特性の理解と対応方法:利用者の障害特性や行動特性を理解し、不適切な対応を避けることで身体拘束を予防する。専門的な知識やコミュニケーション技法の研修など。
この他にも、事業所ごとに必要と思われるテーマを選んで構いません。ポイントは虐待や身体拘束を「起こさないため」の予防的アプローチも取り入れることです。ただ決まりだからと形だけの研修を行うのではなく、現場で「なるほど、こうすれば身体拘束を防げるのか」と職員が気付きを得られる内容にしましょう。研修後にはアンケートや意見交換の時間を設け、疑問点を解消したり現場の課題を共有したりすると、より実践的な学びになります。
小規模事業所で研修の講師がいない場合は、市町村や都道府県が主催する研修会、障害者支援の研修教材(DVDやオンライン動画)を活用する方法もあります。障害福祉サービスの研修教材は自治体や専門機関から提供されていることが多いので、「障害福祉サービス 研修」といったキーワードで情報収集してみましょう。研修は継続が大事です。毎年度計画を立てて実施し、必要に応じて内容をアップデートしてください。
事業者・起業希望者が押さえるべきポイント
- 指針と研修は義務:身体拘束の適正化指針の整備と職員研修の実施は法律で義務付けられた事項です。やっていなければ行政指導の対象となり、サービス提供費の減算ペナルティも科されます。必ず取り組みましょう。
- 未実施でも減算対象:身体拘束の実例が「うちはないから関係ない」ではありません。利用者を縛るような行為をしていなくても、指針や研修の体制が整っていなければ減算対象になります。全ての事業所が該当すると心得てください。
- 小さな事業所でも対応必須:居宅介護など小規模なサービス事業所でも、指針と研修の対応は必要です。職員が自分一人だけの場合でも、自身で研修資料を学ぶなど形式を工夫してでも実施しましょう。
- 委員会の活用:身体拘束適正化検討委員会は義務項目(通知②)ですが、虐待防止委員会と一体的に運営しても構いません。委員会で出た改善策やチェック結果はチェックリスト等で記録し、全職員に周知徹底しましょう。組織全体で継続的に取り組むことが重要です。
- 指針は定期的に見直し:指針を作ったら終わりではなく、少なくとも年1回は内容を点検しましょう。新たな課題が見つかった場合は指針に追記・修正し、職員にもアップデートを共有します。利用者や家族からのフィードバックがあれば反映する姿勢も大切です。
- 研修は記録を残す:研修を開催したら日時、参加者、内容を記録し保管します。新人研修で実施した場合も同様です。記録は実地指導や第三者評価の際にエビデンスとなります。また、研修未受講の職員がいないかチェックし、全員が研修を受ける機会を確保しましょう。
- 現場で活かす工夫:研修や委員会で学んだことは現場で実践してこそ意味があります。日々のミーティングで声かけルールを確認する、困ったケースがあればすぐ委員会メンバーや上長に相談できる風通しを作るなど、学びを現場の行動につなげる仕組みを意識しましょう。
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