障害福祉サービス事業所における虐待防止策のポイント
記事の概要:
「(31)虐待の防止 前半」に引き続き、基準第40条の2に基づく虐待防止の取り組みについて解説します。障害福祉サービス事業者は、利用者の権利を守り虐待を防ぐために、事業所ごとに対策を講じることが義務付けられました 。本記事では、虐待防止のための指針の策定、職員研修の実施、そして虐待防止責任者の配置について、やさしくシンプルにまとめています。
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虐待防止のための指針:盛り込むべき7項目
まず、事業者は「虐待防止のための指針」を定める必要があります。これは事業所における虐待防止策の基本方針を示すガイドラインで、厚生労働省の通知では7つの項目を盛り込むよう求められています。その7項目と具体的な意味は以下のとおりです。
- ① 基本的な考え方:事業所としての虐待防止に関する理念や姿勢です。例えば「利用者の尊厳を守り、いかなる虐待も許さない」「人権擁護を最優先する」といった宣言を含みます。職員全員が共有すべき価値観となります。
- ② 組織体制に関する事項:虐待防止の取り組みを検討・推進する組織について定めます。具体的には虐待防止委員会の設置や、委員会のメンバー・開催頻度などです。小規模事業所の場合でも、法人全体で委員会を設ける形で対応することも可能です(管理者や虐待防止責任者が参加していれば委員数は問われません)。委員会は少なくとも年1回開催し、結果を職員に周知することが求められています。
- ③ 職員研修に関する基本方針:虐待防止のための職員研修をどう実施するかの方針です。例えば「年に1回以上、全職員対象に虐待防止研修を行う」「新しく採用した職員には必ず研修を受けさせる」といった取り決めを記載します。研修内容の例として、障害者虐待防止法の理解、虐待の兆候の早期発見方法、事例検討などが挙げられます。
- ④ 虐待発生時の報告方法等:万が一、虐待が発生した場合の報告手順について定めます。職員が虐待やその疑いを発見した際の社内報告ラインと、必要に応じた行政への通報方法(障害者虐待防止法に基づき市町村への通報義務があります)を明確にします。迅速な報告と情報共有が再発防止につながります。
- ⑤ 虐待発生時の対応方針:虐待が起きてしまった場合の対処方法です。利用者の安全確保、加害行為を行った職員への適切な措置(例えば職務から外す等)、被害を受けた障害者へのケア、関係機関との連携、再発防止のための事案検証など、緊急時の対応手順を定めます。
- ⑥ 指針の閲覧に関する方針:策定した指針を利用者等が閲覧できるようにする方針です 。利用者やご家族から求めがあった際に、この虐待防止指針を見せられるよう準備しておきます。透明性を高め、利用者の安心感につながる取り組みです。実際、事業所には「指針を見せてください」と問い合わせが来ることも想定し、すぐ対応できるようにしておきましょう。
- ⑦ その他必要な基本方針:上記以外で虐待防止の適正化の推進に必要な事項です。事業所の種別や規模によって特有のリスクがあればその対策を含めても良いでしょう。また、定期的な見直し・改善の仕組みや、地域の相談機関との連携方法なども該当します。必要に応じて項目を追加し、自社の実情に合った充実した指針とすることが望ましいです。
以上が指針に盛り込むべき7項目です。指針は運営規程(事業所の運営ルールを定めた文書)の中に位置付けても構いませんし、別冊のマニュアルとして作成してもよいでしょう。しかし必ず書面で用意し、職員へ周知するとともに、利用者や行政から求められた際には提示できるようにしておくことが重要です。
職員研修の実施義務と効果的な実施方法
次に、職員研修の実施義務についてです。指定居宅介護事業所(障害福祉サービス事業所)は職員に対し虐待防止研修を定期的に実施しなければならないと規定されています。厚労省の解釈通知では、前出の通り「年1回以上」定期的に研修を行うこと、そして新規採用職員には必ず研修を受けさせることが強調されています。これは常勤・非常勤を問わず、すべての職員が対象です。
研修の内容としては、虐待防止の基礎知識の周知徹底が中心になります。例えば、「障害者虐待防止法の概要」「虐待に該当する行為の具体例」「虐待の兆候の早期発見方法」「虐待発生時の対応手順」「相談・通報の方法」などを盛り込むと良いでしょう。また、事業所で策定した前述の虐待防止指針に基づく方針も研修内で説明し、職員一人ひとりが自分ごととして理解できるようにします。ケーススタディ(事例検討)やロールプレイを取り入れると、理解が深まり実践的です。
研修実施の方法についても柔軟に対応できます。事業所内で独自に職員研修会を開催するのが一般的ですが、事業所単独で準備が難しい場合、自治体の地域自立支援協議会や基幹相談支援センター等が主催する外部研修に職員を参加させる形でも構いません。厚労省も「外部研修に参加することで研修を実施したとみなすことが可能」と明言しています。複数の事業所が合同で研修を開催する取り組みも考えられていますので、小規模事業所は地域のネットワークを活用するとよいでしょう。厚生労働省作成の職場向け研修用冊子『障害者虐待防止の理解と対応』など公式教材も公開されていますので、こうした教材を使えば研修の質を担保できます。
研修を行った際には、研修記録をしっかり残すことも忘れてはいけません。具体的には、研修実施日、参加者(職員)の氏名、研修内容(議題や資料)、講師を務めた人などを記録します。記録は紙でもデータでも構いませんが、行政による運営指導の際に提示を求められる可能性があります。後述するように研修記録の整備は重要な実務ポイントです。
虐待防止担当者の配置と役割
最後に、虐待防止のための責任者(担当者)の配置についてです。規則では、前述の委員会開催や研修実施等の措置を「適切に実施するための担当者を置くこと」が義務付けられました。この虐待防止責任者は、事業所における虐待防止対策の実行役・とりまとめ役です。
一般的に、小規模な事業所では管理者(施設長)やサービス提供責任者がこの責任者を兼務するケースが多いでしょう。厚労省の手引きでも「虐待防止委員会の責任者(委員長)は通常その事業所の管理者が担う」こと、そして各事業所で虐待防止のリーダーとなる職員(サービス管理責任者やユニットリーダー等)を“虐待防止マネージャー”として配置することが望ましいとされています。要は、現場を統括できる立場の人が責任者となり、虐待防止委員会の主導や研修計画の策定、万が一の事案発生時の対応指揮などに当たるイメージです。
責任者に対しては特別な資格要件はありませんが、その役割を十分に果たすために専門研修の受講が推奨されます。自治体によっては「障害者虐待防止・権利擁護研修」など責任者向けの研修会が開催されていますので、積極的に参加すると良いでしょう。研修で得た知識やネットワークは事業所内の体制づくりに役立ちますし、受講した証明を残しておけば対外的な信頼にもつながります。
事業者・起業希望者が押さえるべきポイント
- 虐待防止指針の整備と周知:先述の7項目を盛り込んだ虐待防止指針を必ず作成しましょう。既存の運営規程に追記する形でも構いません。指針は事業所内でいつでも閲覧できるようにファイルに綴じて備え、職員にも周知徹底してください。利用者やご家族から「虐待防止の取組を教えてほしい」と聞かれた際に、すぐ説明・提示できる状態が理想です。また、制度改正に伴い運営規程を変更した場合は所轄庁への届け出(変更届)が必要になることにも留意してください。
- 職員研修の計画と記録:研修計画を年間スケジュールに組み込み、毎年度最低1回は実施しましょう(新入職員がいれば入職時にも実施)。研修を行ったら研修記録を整備します。記録簿には日時、場所、担当講師、研修テーマ(教材名)や進行内容、参加した職員名簿、所要時間などを記載し保管します。記録は行政監査での確認対象となるため、「実施した証拠」をきちんと残すことが大切です。特に虐待防止研修は義務化されたばかりの項目なので、指導監査でも重点的に確認される傾向があります。
- 責任者の設置と権限明確化:事業所ごとに誰が虐待防止責任者を務めるのかを決め、社内で明確にしておきましょう。例えば運営規程や指針の中に「当事業所における虐待防止責任者:○○(役職名)」のように明記するとよいです。責任者には必要な知識が備わるよう研修受講等を促し、日頃から職員の相談役となってもらいます。責任者を中心に委員会や研修を運営することで、組織として継続的な虐待防止の取組が機能します。また、複数事業所を運営する法人の場合、各事業所の責任者同士や本部との情報共有体制も築いておくとベストです。
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